慈しむ

基本 適当な人間です。 

最近の 物選びの基準

可愛いから 買う。

部屋中に 観葉植物を置きまくり

要らぬところに カフェカーテンを吊り下げていた頃

当時は 『美しい部屋』なんて雑誌が流行し 買っては真似て

良し! これで完璧 わたしの部屋も 美しいと 自己満足だった。

 

そんな時代を通り過ぎ

 

基本 夫婦二人の暮らしとなって

そろそろ 十分老いを感じ始め

 

残さない暮らしを意識し始めたころ

 

世間は 断捨離だ ミニマリストだと 物減らしブーム到来

 

兎に角 残して誰かに見られたくないものを処分したかった。

必然的に 残ったものは 必要な物だけとなった。

 

それでも まだまだ 購買意欲は衰えず

ショップで見ては 欲しいと思うものも多い

 

ただ 老いて感じることは 重いものはもう持てない

持たないのではない 持てないのである。

 

靴も 鞄も 食器も 箸すらも

服も勿論 軽くて肩の凝らない物

 

平気で持って歩いていたブランドバッグ

もう 持てない 空でも重いんだから

 

大きくて重いマグカップで 珈琲を飲んでいたなんて 今の自分では考えられない。

あの頃は ドラマかなにかで観て 素敵だと思いこんでいたのでしょうね

軽くて口当たりの良いカップで ゆったり珈琲時間を楽しむ年齢に達しました。

 

時の流行りに乗っかることの出来た若かりし良き時代だったと 今は懐かしい。

 

お皿一枚買うにも まず 手に取って 重くないかと確認

靴に関しては 絶対条件

鞄も勿論 

ラグだって 軽くて 簡単に洗濯出来る物を

洗った後 濡れて重くなることを頭の隅に置いておこう

 

大きなものを持つことがいいとされた時代を生きて来て

 

処分に困る 大きなものも 持つに持てない重いものも

今の自分には 必要ないと思えるようになってきました。

 

軽くて 小さくて 処分の時 困らない物を選ぶようになって来ました。

 

まだまだ 家の中には 大きな家具も 大きなテレビも存在します。

 

今急いで それらを処分したい気持ちは ありますが どれも使っている物です。

新たに それらを全て小さなものへと買い替えるパワーはありません。

私の残したものは 残された者にとっては 全てゴミです。

 

業者に依頼して 処分してもらうお金だけは残そうと思っています。